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東京地方裁判所 昭和45年(行ク)65号 決定 1970年9月14日

申立人

ロナルド・アラン・マクリーン

代理人

秋山幹男

弘中惇一郎

被申立人

法務大臣

小林武治

代理人

伴喬之輔

外五名

右申立人の申立てに係る執行停止事件について、当裁判所は、被申立人の意見をきいたうえで、次のとおり決定する。

主文

被申立人が申立人に対し昭和四五年九月五日付でした在留期間更新不許可処分の効力を本案(当庁昭和四五年(行ウ)第一八三号)判決の確定に至るまで停止する。

申立費用は被申立人の負担とする。

理由

一申立人の申立ての趣旨および理由は、別紙(一)記載のとおりであり、被申立人の意見は、別紙(二)記載のとおりである。

二当裁判所の判断

本件申立ては、在留期間更新不許処分の効力の停止を求めるものである。

ところで、在留外国人に対して在留期間の更新を許可するかどうかは、法務大臣の広範な裁量にまかされていること明らかであるが、このことから、法務大臣がなんらの事実上の根拠に基づかないでも不許可処分をなす権能を有するものと断定することは許されず、不許可処分が全く事実の基礎を欠く場合には違法となり、この点の法務大臣の認定が裁判所の審判に服すべきことは、当然であるといわなければならない。

また、在留期間更新不許可処分の効力が停止されても、在留外国人が法務大臣の許可なしに本邦に在留する権利を取得するに至るものではなく、ただ不許可処分がなかつたのと同じ状態が作出されるにすぎないことも、多言を要しないところである。しかし、法が、在留期間の更新を受けようとする外国人は、在留期間の満了する日の一〇日前までに法務大臣に対し文書をもつて更新許可の申請をしなければならず、法務大臣は、当該外国人が提出した文書により、相当の理由があると認めるときは、これを許可することができる旨規定し(出入国管理令二一条、同令施行規則二〇条参照)、また、在留外国人が在留期間を経過して本邦に在留するときは退去強制をされ、刑罰に処せられることとなつている(同令二四条四号ロ、七〇条五号参照)ことに徴すれば、法は、在留外国人に対し在留期間更新許可の申請権を認め――これに対応して、適法な在留期間更新許可の申請に対しては許否いずれかの処分をなすべきことを法務大臣の義務とし――ているのであつて、在留期間更新許可の申請をした者は、その申請が権利の濫用にわたる等特段の事情のないかぎり、許否いずかの処分がなされるまでは、たとえ旅券に記載された在留期間が徒過した後においても、不法残留者としての責任を問えないという意味において、本邦に在留することができるものと解するのが相当であり、在留期間更新不許可処分の効力の停止は、まさに、申請人に対して右のごとき法的状態を回復させるものであるから、これを認める利益があるものというべきである。

いま、本件についてこれをみるのに、申立人は、アリメカ合衆国国籍を有する外国人であるが、一九五八年(昭和三三年)ハワイ大学美術科(極東美術・日本美術専攻)を卒業し、ハワイ州で公立学校の教師等をした後、「アジア平和奉仕団」の一員となつて一旦韓国にわたり、東京都千代田区有楽町一丁目五番地所在の「ベルリツツ・スクール」の英語教師として勤務する目的で、一年間の予定滞在期間をもつて在韓国日本国大使館発給の査証を取り付け、昭和四四年五月一〇日下関入国管理事務所下関港出張所入国審査官から出入国管理令第四条第一項第一六号、特定の在留資格および在留期間を定める省令一項三号の在留資格者として、在留期間一年の上陸許可の証印を受けて本邦に上陸し、昭和四五年七月二九日在留期間一二〇日間の期間の更新が認められ、さらに、同年八月二七日在留期間更新許可の申請をしたところ、申立人が入国わずか一七日後前記「ベルリツツ・スクール」を無断退職して東京都千代田区神田神保町三丁目八番所在の財団法人「英語教育協議会」の英語教師となつたものであり、かつ、さきの在留期間更新の許可は、出国準備のために与えられたもので、その期間も相当であつてこれを更新する必要はないという理由で、本件不許可処分がなされるにいたつたことは、当事者間に争いがない。しかし、本件疎明によると、申立人が前記「ベルリツツ・スクール」を退職したことについては、同スクール側にも責むべき点があつて、申立人のみの非違を論難しえない事情があること、転職先の「英語教育協議会」は、かなり著名な英語教育機関であつて、その教育内容、設備、規模、信用等の点において「ベルリツツ・スクール」に劣るものとは認められないこと、在留外国人が入国の際申告した勤務先をかわつても、場合によつては、在留期間の更新が許可されていること、申立人は、右「英語教育協議会」の保証書を所管庁に提出し、その受理を受けたうえで、すでに一年有余にわたり英語教師として同所に勤務し、また、そのかたわら、日本古典音楽の伝承と海外紹介という多年の宿願を果たすべく、日本琵琶楽協会理事錦琵琶宗家水藤錦穣に師事して琵琶を、また、生田流琴曲教授三上良江に師事して琴の修練に精励していることを一応肯認することができ、これらの事実からすれば、たとえ申立人には、在留期間の更新を許可することを相当としない別異の事情があるとしても、少なくとも、被申立人の挙示する前記不許可事由は、ただそれだけでは、本件不許可処分の真実の基礎をなすものとは認め難く、もとよりその他の事情の有無について審理、判断するに由ない裁判所としては、本件不許可処分を全く事実の基礎を欠く違法なものとして取り扱わざるをえない。

しかして、本件不許可処分によつて、申立人が、昭和四五年九月八日以降、出入国管理令二四条四号ロ該当者となつて退去強制手続を進められ、入国警備官の臨検、捜索、押収を受け、さらには収容されることもある等人権の侵害を余儀なくされる危険にさらされていることは、明らかであり、右認定の妨げとなる疎明はない。

されば、本件不許可処分によつて生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるものと認められるので、その効力の停止を求める本件申立ては、理由があるものとしてこれを認容することとし、申立費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。(渡部吉隆 園部逸夫 渡辺昭)

別紙(一)(二)省略

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